大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1566号 判決

主文

被告山辺一郎、同山辺修、同山辺幸、同山辺妙、同岸田喜文、同岸田房恵、同安藤秀雄、同山辺功寿、同山辺利則、同岸本和子、同安川久一は原告に対し別紙第一目録記載の(二)、(三)、(四)の各家屋を収去して同目録記載の(一)の土地を明渡せ。

原告に対し被告松浦砂夫は右同目録記載の(二)、被告福井武夫は同目録記載の(三)、被告中谷ヤイノは同目録記載の(四)の各家屋より退去せよ。

引受参加人韓英玉は原告に対し別紙第二目録記載の(三)の家屋を収去して同目録記載の(一)、(二)の土地を明渡せ。

原告の被告宮西トシエに対する請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。(但し、原告において生じた費用はこれを五分し、その一を被告松浦、同福井、同中谷らの負担とし、その三は更にこれを四分し、その一を被告宮西、引受参加人韓らの負担とし、その三をその余の被告らの連帯負担とする)

事実

第一、当事者ら双方の申立

(原告)

一、主文第一乃至三項同旨。

二、被告宮西トシエは別紙第二目録記載の(三)の家屋より退去せよ。

三、訴訟費用は被告らの平等又は連帯負担とする。

四、仮執行の宣言

(被告宮西を除くその余の被告ら)

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(被告宮西)

原告の請求を棄却する。

(引受参加人韓)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者ら双方の主張

(原告)

一、原告は別紙第一目録記載の(一)及び第二目録記載の(一)、(二)の各土地(以下本件土地と称すが、第一の(一)、第二の(一)、(二)土地とも云う)を所有している。

二、原告は訴外山辺槇太郎に本件土地を建物所有の目的で賃貸し、訴外槇太郎は本件土地上に別紙第一目録記載の(二)乃至(四)第二目録記載の(三)の各家屋(以下第一の(二)乃至(四)第二の(三)家屋と云う)を所有していたところ、昭和三五年五月頃被告宮西トシエに第二の(三)家屋を売渡し、その敷地である第二の(一)、(二)土地を転貸した。

三、訴外槇太郎は昭和三七年四月二〇日死亡し、被告山辺一郎、同山辺修、訴外山辺方(但し、昭和四〇年一一月一一日死亡し被告山辺幸、同山辺妙が更に相続)、被告岸田喜文、同岸田房恵、同安藤秀雄、同山辺功寿、同山辺利則、同岸本和子、訴外安川満子(但し、昭和四〇年四月七日死亡し被告安川久一が更に相続)が相続又は代襲相続により第一の(三)乃至(四)家屋所有権と共に本件土地の賃借人の地位を承継取得した。

四、そこで、原告は民法第六一二条に基き本件土地の賃貸借契約を解除する旨次のとおり郵便で意思表示した。(日時は、到達の日を示す)

被告山辺一郎 昭和三九年一一月五日

被告山辺 修       同月九日

訴外山辺 方       同月五日

被告岸田喜文       同月五日

被告岸田房恵       同月五日

被告安藤秀雄       同月五日

被告山辺功寿       同月五日

被告山辺利則       同月五日

被告岸本和子       同月四日

訴外安川満子      同月一一日

五、よつて、右賃貸借は昭和三九年一一月一一日をもつて解除により終了した。

六、被告松浦砂夫は第一の(二)、同福井武夫は第一の(三)、同中谷ヤイノは第一の(四)の各家屋にそれぞれ居住している。

七、被告宮西トシエは更に昭和四二年四月五日第二の(三)家屋を引受参加人韓英玉に売渡し、被告宮西は自ら右家屋に居住すると共に引受参加人韓は右家屋を所有し、その敷地である第二の(一)、(二)土地を占有している。

八、よつて原告は本件土地所有権に基く妨害排除請求権として引受参加人韓に対し第二の(三)家屋の収去、第二の(一)、(二)土地の明渡、被告宮西に対し第二の(三)家屋よりの退去、被告松浦に対し第一の(二)、被告福井に対し第一の(三)、被告中谷に対し第一の(四)家屋よりの各退去、その余の被告らに対し第一の(二)乃至(四)家屋の収去、第一の(一)土地の明渡をそれぞれ求める。

(被告山辺一郎、同山辺修、同山辺幸、同山辺妙、同岸田喜文、同岸田房恵、同安藤秀雄、同山辺功寿、同山辺利則、同岸本和子、同安川久一)

一、原告の主張事実中一乃至三項は全て認める。

二、もつとも、右転貸については当時原告の承認を受けたものであり、しからずとするも、訴外槇太郎死亡後その相続人の一人である被告安藤秀雄が引続き本件土地の地代を支払つていたのに対し原告は異議なくこれを受領していたから、右転貸につき少なくとも黙示の承諾があつたものである。

三、そうでないとしても、建物の譲渡と共に敷地の転貸がなされた場合には、特別の事情のない限りむしろ背信行為は存在しないと一応推定すべきであるのみならず、被告宮西は第二の(三)家屋の借家人であつたが、訴外槇太郎より右家屋を買受け、これに伴いその敷地を転借するに至つただけで、その前後を通じ右土地の利用状況にいささかの変動もなかつたのであるから、訴外槇太郎の右行為につき背信行為を認めるに足りない特段の事情があると云うべきである。

(被告松浦、同福井、同中谷)

一、原告の主張事実中一乃至三、六項は全て認める。

二、しかし、右転貸について無断でなしたと云う事実はない。

三、しかも、無断転貸における背信性の有無については、その目的物の保管、使用収益等に関する賃貸人の権益が著しく害されるかどうかの経済的観点から判断考察すべきであつて、特に土地賃貸借の場合は地代の支払確保が最も重要なポイントになるものであるところ、本件土地の転借人である被告宮西及びその譲受人である引受参加人韓の経済的資力、その使用状況等からして右転貸借はいささかも原告の権益を損うものではなく又その経済的不安不利益を与えるものでもないから、本件においてはまさに原告に対する背信行為とならないものと解すべきである。

四、のみならず、訴外槇太郎が転貸した第二の(一)、(二)土地は本件土地の三分の一に満たず、本件土地全部が解除された場合には特に第一の(二)乃至(四)家屋を賃借居住している被告松浦、同福井、同中谷にとつてその生活の本拠を失う等の重大な損害をまねく結果になるのに反し、原告は前叙のように右転貸行為によつて何らの経済的不安不利益を受けることがないのであるから、これを比較考量すれば、本件においては右解除権の行使はまさに権利の濫用と云わねばならない。

(被告宮西)

被告宮西が訴外槇太郎より第二の(三)家屋を譲受けたことは認める。但し、被告宮西は昭和四三年七月末頃右家屋より退去している。

(引受参加人韓)

一、引受参加人韓が被告宮西より第二の(三)家屋を昭和四二年四月五日買受け、その敷地である第二の(一)、(二)土地を占有していることを認めるが、その余は全て争う。

二、引受参加人韓は右家屋を買受けると、共にその敷地転借権の譲渡を受けたから、原告に対し右家屋を時価でもつて買取るべき旨を本件第一六回口頭弁論期日(昭和四三年七月四日)において請求する。そして右時価は四〇〇万円が相当であるよつて、引受参加人韓は右代金支払請求権を取得するところ、右代金の支払を受けるまでは右家屋の引渡につき同時履行の抗弁権又は留置権を行使する。

第三、(証拠省略)

理由

一、被告宮西トシエ、引受参加人韓英玉の関係において、成立に争いのない甲第一号証、原告被告宮西トシエ及び被告安藤秀雄各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の主張事実中一乃至三項を認めることができ、その余の被告らとの関係では右各事実はその当事者ら間に争いがなく、同四項は被告宮西を除くその余の被告ら及び引受参加人韓において明らかに争わないので自白したものと看做す。

二、次に被告宮西を除くその余の被告らは訴外槇太郎が昭和三五年五月頃被告宮西に第二の(一)、(二)土地を転貸したことにつき原告の承諾があつた旨主張するので、以下検討するに、被告宮西はその本人尋問において当時本件土地が誰の所有に属するかさえも知らず(それが原告のものであることを知つたのは本件訴訟の提起後である)、訴外槇太郎が「全部自分に任せておけ」と云うので同訴外人を信用し、引継き同訴外人に地代を支払つていただけで原告の承諾を受けたことはない旨供述しており、前掲被告安藤秀雄本人尋問の結果によつても、被告宮西を除くその余の被告ら間で成立に争いのない甲第二号証の一、二の記載と対比して未だ右主張を認めるに足りず、他にこれを裏付けるべき証拠は本件を通じて存在しない。

もつとも、前掲被告安藤秀雄本人尋問の結果によれば、訴外槇太郎死亡後、被告安藤秀雄が昭和三七年及び同三八年の各暮の二回本件土地の地代を原告に持参したところ、いずれも原告は異議なくこれを受取つたことが認められるが、原告において当時右転貸の事実を知つていることを認めるに足りる証拠のない本件においては、右事実から直ちに黙示の承諾があつたものと推認することは許されない。

三、更に被告宮西を除くその余の被告らは、右転貸につきその解除を認めるに足りる背信的行為はなく、又は右解除は権利の濫用である旨抗争する。

まず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで転貸した場合においても、賃借人の右行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは賃貸人は右転貸を理由にその賃貸借の解除をなすことが許されないが、このような特段の事情の存在については賃借人において主張立証すべきところ(最判昭和四一年一月二七日民集二〇巻一号一三六頁)、たとえ後記のとおり

その転貸部分は本件土地の四分の一に過ぎず、又その主張のように土地転借人において賃料支払能力があり、且つその土地利用状況からして賃貸人に経済的な不安不利益を与えるおそれがないとしても、これらをもつて直ちに右特段の事情の存在を肯定しなければならないものではなく、その他本件全証拠によるも未だ特段の事情を認めるに足りる確証はない。

そうして又、弁論の全趣旨によれば、第二の(三)家屋はその後抵当権の実行により昭和四二年二月二四日競落され、引受参加人韓は更にこれを昭和四二年四月四日右競落人より買受けたことが認められるのであつて、右解除後の事情その他本件事案を検討しても、前記解除権の行使が権利の濫用に当ると解すべき理由は見当らない。

むしろ、問題なのは、訴外槇太郎が被告宮西に転貸した部分は本件土地の四分の一に過ぎないことが証拠上明らかであるから、本件土地の契約全部の解除は許されず、その無断転貸された一部についての契約の解除に限るべきかである。(もつとも、全部の契約解除が認められるか、又は認められないかの二者択一的に解決すべきであるとの考えもある)

しかし、本件賃貸借契約のように当初から一個の契約でなされている以上、賃借人の無断転貸が賃借地の一部についてなされたとしても、賃借人は元来賃借土地のいずれの部分をも他人に使用せしめない義務を負つているのであるから、特別の事情のない限り、例えばその事情とは単に転貸部分の賃借地全体に対して占める割合が少ないと云うだけでなく、その土地の広狭、形状及び周囲の状況からそのように区別することが可能且つ不都合でなく、このため賃貸人にその他の賃貸条件においても格別不利益を与えず、むしろそうすることが客観的な当事者の合理的意思に合致していて公平である等の場合であり、右事情が認められない限り、右契約全部についての債務不履行としてその全部について効力が生ずると解すべきである。

これを本件について見るに、前掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、右転貸部分は本件土地の四分の一に過ぎないとしても、本件土地上には第一の(二)乃至(四)及び第二の(三)家屋が存在し、右各家屋は一棟四戸建の構造を有し、本件土地はその敷地として一体として使用されており、右転貸部分を本件土地から分離することは不都合であるばかりでなく、たとえ右転貸部分だけを原告が回収し得たとしても、それ相応の利益を得ることは、その周囲の状況、面積、地形等からして必ずしも十分期待し難く、本件土地を一体として使用し又は賃貸する場合に比較して著しく不利益となるものと認められ、これに前叙のとおり右転貸部分はその後も転々とその使用占有者が変更されている実情に照せば、未だ右解除を第二の(一)、(二)土地に限定すべき特段の事情があるものと解することはできず、被告松浦、同福井、同中谷がこのため生活の本拠を失う多大な損害を蒙ることがあるとしても、それだけで未だ右結論を左右すべきいわれはない。

四、以上により、被告宮西を除くその余の被告らとの関係において、原告が昭和三九年一一月一一日なした前記解除は有効であり、同日本件土地に対する賃貸借契約は全部終了したものと云うべく、被告山辺一郎、同山辺修、同山辺幸、同山辺妙、同岸田喜文、同岸田房恵、同安藤秀雄、同山辺功寿、同山辺利則、同岸本和子、同安川久一が第一の(二)乃至(四)家屋を所有していることは右当事者ら間に争いなく、特段の事情ない限りその敷地である第一の(一)土地を占有しているものと認めるべきであるから、右被告らは原告の右所有権を妨害するものとして右各家屋を収去し且つ右土地を明渡すべき義務がある。被告松浦は第一の(二)、同福井は第一の(三)、同中谷が第一の(四)家屋を各占有していることは右当事者ら間に争いがないので、同被告らは原告の右所有権を妨害するものとしてその各占有家屋より退去すべき義務を免れない。

五、被告宮西が昭和四三年七月末頃第二の(三)家屋より自ら退去した旨主張したのに対し、弁論の全趣旨(原告は同被告に対する請求の訴を取下げたが、同被告の不同意により右取下の効力が生じていない事情にある)からして原告はこれを明らかに争わないものと認めるべく、右事実によれば、被告宮西は右家屋を占有していないことになるから、同被告に対する原告の右所有権に基く妨害排除請求権は発生しない。

六、引受参加人韓が第二の(三)家屋を所有し、第二の(一)、(二)土地を占有していることは右当事者間に争いがないところ、同参加人は右家屋を昭和四二年四月五日被告宮西より買受けると共にその敷地転借権の譲渡を受けたから、右家屋を時価をもつて買取るべき旨請求するが、しかし、なるほど建物が転々譲渡された場合には最後の建物取得者に買取請求権があるにしても、土地賃貸借契約が無断転貸を理由に解除された後に、右転貸人より更に地上建物を買受けても、右買受人は原賃貸人に対し借地法第一〇条の買取請求権を行使し得ないと解すべきである。(最判昭和三九年六月二六日民集一八巻五号九一〇頁)してみれば、引受参加人韓の関係においても、右賃貸借契約が昭和三九年一一月一一日適法に解除されたことは前記第一項の認定事実より判定される以上(そうして、同参加人は右解除の発生又は行使を妨げるに足りる抗弁を何ら提出していない)、その後の昭和四二年四月五日右家屋を買受けたとしても、引受参加人韓において右買取請求権を取得しないことは明らかであつて、同参加人は原告の右所有権を妨害するものとして第二の(三)家屋を収去し、且つ第二の(一)、(二)土地を明渡す義務があると云うべきである。

七、以上の次第により、原告の本訴請求中、被告宮西を除くその余の被告ら及び引受参加人韓に対する各請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告宮西に対する請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条(但し、被告宮西に対する関係では同法第九〇条後段)を適用し、仮執行の宣言についてはいずれも相当でないと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

(一)大阪市生野区猪飼野中六丁目五番の一

一、宅地 二六七・九六平方米(実測二八九・二五平方米)の内二五四・七四平方米(実測二七六・〇三平方米)

(二)右同所同番地の一

家屋番号一三番の二

一、木造瓦葺二階店舗一棟

床面積 一階五七・〇二平方米

二階二五・〇九平方米

(三)右同所同番地の一

家屋番号第一三番の三

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

床面積 一階五一・〇七平方米

二階三五・八六平方米

(四)右同所同番地の一

家屋番号第一五番

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

床面積 一階一三〇・九〇平方米(現況一六八・二三平方米)

二階八二・五一平方米(現況一四二・七四平方米)

第二目録

(一)大阪市生野区猪飼野中六丁目四番の一

一、宅地 六八・九五平方米

(二)右同所五番の一

一、宅地 二六七・九六平方米(実測二八九・二五平方米)の内一三・二二平方米

(三)右同所五番地の一

家屋番号第一三番

一、木造瓦葺二階建店舗 一棟

床面積 一階 五四・二一平方米

二階 三二・七九平方米

別紙図面

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例